2025年10月、通販大手のアスクルをランサムウェアが襲いました。
ネット通販企業にとって、受注システムと物流は商売の血管のようなものです。その血流が止まり、商品の受注・出荷まで停止する事態となりました。しかも影響はアスクルだけではなく、物流を委託していた企業のネット販売にも波及しました。
あれからおよそ1年。2026年9月15日、アスクルが2027年5月期第1四半期決算を発表しました。
ランサムウェアで大きく傷ついた会社は、どこまで戻ったのか。そして現在の株価には、その復活がどこまで織り込まれているのか。
今回は決算と株価を眺めた後、いつものように易にも問うてみました。
まず、2025年のランサムウェア事件を振り返る
アスクルが異常を検知したのは2025年10月19日。外部からの不正アクセスによってランサムウェアに感染し、同日中にネットワークを遮断しました。
新規注文の受付は停止。受注・出荷業務にも大きな影響が出ました。その後、顧客情報や取引先情報の一部が外部へ流出したことも確認されました。
アスクルは10月23日までに主要な外部クラウドサービスのパスワード変更を行い、10月24日には管理アカウントへの多要素認証などを実施。11月12日には安全性を確認したうえで、一部Web注文を再開しています。
2026年に入ってからも情報漏えいに関する対応は続いており、7月には追加の本人通知も行われています。
一企業のシステム障害というより、アスクルという巨大な物流・EC網そのものが止まった事件だったと言った方が近いでしょう。
※2025年10月、ランサムウェア攻撃直後の状況を伝えたTBS NEWS DIGの報道です。
その結果、2026年5月期は大赤字になった
事件の傷跡は、2026年5月期の数字にはっきり表れています。
| 項目 | 2026年5月期 |
|---|---|
| 売上高 | 約4,002億円 |
| 営業損益 | ▲174億円 |
| 経常損益 | ▲191億円 |
| 最終損益 | ▲222億円 |
前期の2025年5月期には約4,811億円を売り上げ、営業利益も約140億円出していました。
つまり、「元から儲からない会社が赤字になった」のではありません。利益を出していた通販・物流企業が、サイバー攻撃を境に大幅赤字へ転落したわけです。
この違いは大きい。
企業分析では赤字という結果だけではなく、なぜ赤字になったのかを見る必要があります。
そして今回の2027年5月期1Q決算
では、復旧後の新しい年度はどうなったのでしょうか。
2027年5月期第1四半期は、売上高約1,123億円。前年同期比では約8%の減収となりました。
営業損益は約4億円の赤字、経常損益も約4億5,000万円の赤字。前年同期には経常利益約9億円を計上していたので、表面だけ見ればまだ回復したとは言えません。
| 項目 | 2027年5月期1Q |
|---|---|
| 売上高 | 約1,123億円 |
| 前年同期比 | 約8.2%減 |
| 営業損益 | ▲約4.2億円 |
| 経常損益 | ▲約4.5億円 |
これだけを見ると、「まだ赤字じゃないか」となります。
予も、数字だけならそう読みます。
されど、ここで2026年5月期の▲174億円という営業赤字を思い出してみます。会社が生き残れるかを見る段階から、今は「本来の利益率へどこまで戻せるか」を見る段階へ移りつつあります。
会社は通期で営業利益70億円を見込んでいる
アスクルは2027年5月期通期について、売上高4,900億円、営業利益70億円、経常利益63億円、最終利益40億円という計画を掲げています。
つまり会社自身は、1Qの赤字をもって「今年もダメ」とは考えていません。
前期営業損失174億円から、今期営業利益70億円へ。
実現すれば、損益は一年で約244億円改善することになります。
これはかなり大きなV字回復計画です。
予が最も見たいのは売上ではなく利益率
アスクルの場合、売上高だけが戻ればよいという話でもありません。
通販会社は商品を売り、その粗利益から倉庫、人件費、配送費、システム費などを支払います。1,000億円売っても利益がほとんど残らなければ、株主にとってはあまり意味がありません。
今回の1Qでは売上総利益率も前年同期より低下しています。
ここから先を見るなら、予は三つに絞ります。
- 売上高が事件前の水準へ戻っていくか
- 営業損益が2Q以降で黒字へ戻るか
- 売上総利益率が改善するか
この三つです。
特に営業利益でしょうな。
売上が戻っているのに利益が戻らないのであれば、サイバー攻撃とは別の問題が残っていることになります。逆に利益率まで戻ってくれば、「一時的な大事故からの復旧だった」という見方が強くなります。
アスクルには本来の稼ぐ力があるのか
ここで事件前の数字へ戻ります。
2025年5月期には営業利益約140億円を稼いでいました。
予には、この数字が重要に見えます。
現在の通期営業利益計画は70億円ですから、会社はまだ事件前の利益水準へ完全に戻るとは予想していません。言い換えれば、今期70億円を達成しても、それで完全復活というわけではない。
140億円を出せていた会社が、まず70億円まで戻る。
その先に100億円、140億円と戻れるのか。
もし戻れるなら、現在の業績だけを見て会社の価値を判断するのは早いかもしれません。
ランサムウェア事件は「一過性」で片づけてよいのか
ここは少し慎重に考えたいところです。
工場が台風で一週間止まり、その後完全復旧したという話なら、一過性損失として比較的切り分けやすい。
サイバー攻撃は違います。
システム改修費用、セキュリティ強化費用、顧客対応、ブランドへの影響、取引先との関係、失った注文。その影響がどこまで残っているのか、外から完全に把握することは容易ではありません。
一方、アスクル側も事件後に認証情報のリセット、管理アカウントへの多要素認証、EDRの更新などを進めています。
事故そのものは悪材料です。
されど、その事故によって以前より強い仕組みを作れるなら、数年後から見た景色はまた変わります。
株価はどこまで戻ったのか
株価も確認してみましょう。
2026年のアスクル株は、1月に1,435円まで上昇した一方、3月には1,051円まで下落しています。9月14日の終値は1,229円でした。
つまり年初来安値からは戻っているものの、年初来高値にはまだ届いていません。
市場も「もう完全復活した」と強気一辺倒になっているわけではなさそうです。
9月14日時点で予想PERは約27倍、PBRは約2.3倍。数字だけ見れば、「ランサムウェアで暴落して何もかも安くなった銘柄」という感じではありません。
むしろ、今期の黒字転換をある程度期待した値段が付いている、と考えた方が自然でしょう。
安い株なのか、それとも復活を先取りしているのか
ここがアスクルを見るうえで面白いところです。
事件前には営業利益140億円程度を出していた会社です。今期計画は70億円。その利益が数年かけて元へ戻るなら、現在の業績だけを使ったPERには違った見え方が出てきます。
反対に、70億円すら達成できず、利益率も低迷したままなら、現在の株価は決して安いとは言えません。
つまり今アスクル株を評価するには、単純なPERだけでは足りません。
「本来どれくらい稼げる会社なのか」
そこを考える必要があります。
予なら次の決算でここを見る
次回決算で営業黒字へ転じているか。
これがまず一つ。
次に、売上総利益率。そして通期営業利益70億円に対する進捗率です。
1Qが赤字だった以上、70億円を達成するには2Q以降で利益をかなり積み上げなければなりません。
もし2Qで利益回復が明確になれば、市場は「アスクルが戻ってきた」と見始めるでしょう。
逆に2Qでも利益が低迷するなら、通期計画への疑問が強くなります。
今回の1Qは、結論を出す決算というより、復旧過程を確認する決算と見る方がよさそうです。
そこで易に問うてみた
さて。
数字だけ眺めて終わっては、マスターJではありません。
今回のアスクルについて易に問うてみました。
出た卦は――
水沢節(すいたくせつ)。
しかも変爻なし。
「節」とは、区切ること。限度を設けること。節度を守ることです。
勢いに任せ、どこまでも進めばよいという卦ではありません。
必要なところで線を引き、自分の限界を知り、整える。
今回出た簡易判定も「慎重寄り」でした。
ふむ。
ランサムウェアで大きく傷つき、現在は復旧途上。1Qはまだ赤字。通期では大幅な黒字転換を目指している。
今のアスクルへ「もう大丈夫じゃ、買え買え」と言うよりも、利益が実際に戻るところを確認せよ――そう読めなくもありませんな。
しかも変爻がない
易では爻が変化すると、そこから別の卦へ移ります。
今回はそれがありません。
予なら、この「変化なし」を、今は無理に未来へ話を飛ばさず、現在の状態そのものをよく見よという読み方をしてみます。
完全復活でもない。
破綻でもない。
回復の途中にいる。
売上が戻るか。
利益が戻るか。
顧客が戻るか。
通期計画を守れるか。
今ある事実を、一つずつ確かめる。
まこと「節」という字が似合います。
そして老子はこう言う
知足不辱、知止不殆。
足るを知れば辱められず、止まるを知れば危うからず。
欲を出しすぎず、限度を知る。
これは企業経営にも、投資にも通じる言葉でしょう。
アスクル自身も、事故から一気に何もかも元へ戻そうとすれば、また無理が生じるかもしれません。システムを直し、物流を戻し、顧客を戻し、利益を戻す。順番に積み上げるしかありません。
投資する側も同じです。
「昔140億円稼いでいたのだから、すぐ戻るだろう」と先走ることもできる。
「1Q赤字だからもう終わりだ」と切り捨てることもできる。
予には、どちらも少し急いでいるように見えます。
水沢節――水を溜めるには堤がいる
水沢節の「節」は、水を無制限に流すのではなく、区切りを作る姿として見ることもできます。
水は流れる。
されど、流すだけなら散ってしまう。
堤があるから水は溜まり、必要なところへ使うことができます。
会社も同じなのかもしれません。
売上だけを増やせばよいのではない。
利益を残す。
守るべき情報を守る。
物流を止めない。
そして無理なところでは止まる。
ランサムウェアという大きな事故を経験したアスクルに、今回「節」が出たというのは、偶然ながらなかなか味わい深いものがあります。
アスクルは復活できるのか
現時点で予の答えは、まだ分からぬ、です。
2027年5月期1Qは赤字。これだけなら強気にはなれません。
一方で、事件前には年間140億円前後の営業利益を出していた会社であり、今期は70億円への黒字転換を計画しています。
売上が戻り、粗利益率が改善し、2Q以降で営業黒字が積み上がるなら、復活物語は現実味を増してきます。
そして戻らなければ、それもまた数字が教えてくれる。
ゆえに今は急がず、見る。
水沢節。
知足不辱、知止不殆。
足るところを知り、止まるところを知る。
さてアスクルは、この大きな傷を越えて再び流れ始めることができるのか。
次の決算まで、しばし水面を眺めるとしましょうかのう。
ふぉっふぉっふぉっふぉっ。
※本記事は公開されている企業情報、決算資料、株価情報等をもとに筆者が企業を考察したものです。特定銘柄の売買を推奨するものではありません。
※易経および老子を用いた部分は、投資判断を保証する占いではなく、企業や相場について考えるための思想的・娯楽的な試みです。